平和の集い



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広島では、8月6日の「原爆の日」を迎えました。
73年前の8月6日の朝、午前8時15分。
一発の原子爆弾により、一瞬にして広島の町は焼け野原と化したのです。
幼稚園でもこの日を登園日とし、平和を祈る時を皆でもちました。
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黙祷の後、「平和への誓い」を皆で聞きましたね。
今年は、子ども達代表として牛田小・五日市東小から2人が選ばれ、「私たちが平和を伝える伝承者になります。」と平和への誓いを読み上げていました。
テレビに映る、小学生のお兄さんお姉さん声に
子ども達も聞きいっているようでした。
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礼拝堂に移り、皆で広島原爆投下の瞬間についての映像を見ました。
年長児で原爆についての話をする時に、「原爆って台風・地震・火事などのすべての災害が一緒にきたくらいの恐ろしさなんだよ」と例えて話をすることもありますが、子どもがイメージするには難しさがあります。
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原爆が落とされ、広島の中心部にいたほとんどの人が放射線・熱戦・爆風により瞬時にして命を失いました。わずか10秒の出来事だそうです。
CGによる復元映像は子ども達にも分かりやすく、原爆の恐ろしさ、惨さ、理不尽さが改めてお家の人にも届いたようでした…

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では、今の私達にできる平和ってなんだろうと「平和ってどんなこと?」作・絵 浜田桂子の絵本をもとに親子で考える時間ももちました。

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戦争をしない。爆弾を落とさない。
だけど、平和って「戦争をしてない状態」のことだけではないですね。
歌えること。笑えること。嫌なことは嫌だと言えること。悪いことをしたら謝ることなど…
日常にある小さなことが平和に繋がります🕊
当たり前の毎日がすでに平和なのですね。
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最後に平和を願う歌として、「しあわせなら手をたたこう」(作詞:木村利人)を皆で歌いました。
しあわせならてをたたこう🎶誰もが知ってる?一度は聞いたことがある歌だと思います。
この歌ができたのは、1954年、当時、25歳の早稲田大学大学院生(木村利人さん)がフィリピンの農村でボランティアとしてYMCAのキャンプに滞在したときに、現地の一人の青年 ランディと出会ったことがきっかけだったということです。
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トイレづくり等の作業に奉仕していた木村さんを現地の人々は決して温かく迎えることはありませんでした。「死ね!日本へ帰れ!!」と厳しい言葉を向ける現地の人々の脳裏には、日本兵に村を焼かれ、家族や友人知人、あまたの人が虐殺された第二次世界大戦の傷が生々しく残っていたからです。
ただ一人友好的な態度をとってくれていたランディも、実は大切な家族を目の前で日本兵に殺される経験を持っていました。
日本兵がフィリピンの人々に与えた取り返しのつかない罪の重さに打ちのめされた木村さんは、葛藤に苦しみながらも彼を受け入れようとしてくれたランディのやさしさに応えたいとの思いを募らせます。
現地の子どもたちが歌うスペイン民謡のメロディーを基に、互いに傷つき合いながらも、理解し赦しあうことへの希望を込めて作詞にあたった木村さんの心に浮かんだのが、聖書の次の言葉です。
(詩編47編) すべての民よ、手を打ち鳴らせ。 神に向かって喜び歌い、叫びをあげよ。

その後、「幸せなら 手をたたこう」は、"歌で世の中を平和にしたい。苦しんでいる人々に希望の光を届けたい"という多くの人々の願いと共に、さまざまな経緯を経て世界中に広がって行きました。
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この歌は12番まであります。それに、讃美→ハレルヤ、感謝→ありがとう、祈りましょう→アーメンを加えて歌いましょう。
平和を願い作り出していくことを、みんなで態度でしめしましょう!
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今年の8月6日も、それぞれが平和について考える一日となりましたね。
私達の平和の祈りが世界へと届きますように🕊


by ayamekusu | 2018-08-15 13:00 | 園のできごと